日本人医師ブータンで活動するーその9ー

ブータンで内視鏡医として活躍された阪口昭医師の奮闘記です。第9回は本会とのかかわり、ダワカ村プロジェクトについてお話しいただきます。


9)HIGANとダワカ村プロジェクト

ブータンに着いてまもなく内視鏡室で、何人かの医師や看護師から、「ヒガン」という言葉を聞き、初めて日本にHIGANという団体があるらしいと知りました。最初は、「えつ、彼岸?」という反応でした。

日本とブータン医療との関係について私の予備知識は、JDWNR病院小児科で日本人医師の西澤より子先生が働いておられる事と、京都大学から定期的に医師・看護師が派遣されている事のみでした。

帰宅してHIGANの検索をかけたところ、「胃癌を撲滅する会」にたどり着いたと言う訳です。HPを読んでみると、会の目的が、私の仕事と多く重なっていることが分かり、さっそく代表の鴨川先生に、何か手伝いができることがあったら連絡してくださいとメールを送ったのが初めての関わりです。

ブータンに着いて2ヶ月後の2019年12月に、鴨川先生と大分大学の山岡先生がティンプーに見えられ、初めてお会いしました。その時にはまだコロナ禍が始まる前で、今後の計画等を伺い、できることは何でもしますとお話しした事を覚えています。しかし翌年春からコロナ感染が始まり、その年(2020年)は、計画が大幅に遅れたと思います。ロックダウンになれば、病院も救急医療以外は全てストップになり、内視鏡室も閉店です。秋になって、やっとHIGANダワカ村ABC検診での、C群D群(注;胃癌リスク群)の人たちのJDWNR院内での内視鏡検診も11月から始まりました。1日20名が1時間以上かけて病院まで来てくれました。中には2時間以上もかかる人もあったようです。

2021年春には現地での除菌判定呼気試験と40才以上のB群の人の内視鏡検診が始まりました。

呼気試験の時、現地を見学させて貰うために、内視鏡室の看護師と一緒の車で初めてダワカ村に行きました。車からは深い谷と4000メートルは軽く超える山々が見渡せます。ダワカ村はパロ県にあり首都ティンプーから車で約1時間くらいの、農業、特に野菜や果物で有名な村です。きれいに整えられた段々畑が印象的な所です。

診療所(BHU: Basic Health UnitまたはPHC: Primary Health Centerと呼ばれる)に朝の9時前に着いた時、すでに数十人の住民の皆さんが待っておられたのには驚きました。診療所には医師はおらず、処方が可能なHA(Health assistant)1名と看護師2名と補助の人が家族と住み込みで働いています。週に一回以上は、山を越えて診察治療に行くとの事でした。

内視鏡検診の時は、内視鏡セット一式をトヨタハイラックスの荷台に積んで行きました。約170人を4日間で、一日約40人。看護師は二人。 前処置の飲水の説明は妻に頼みました。迅速ウレアーゼ検査はしないので、検査時間は病院より早いのですが、止血用物品が何もないので、生検後の出血が無いことを祈りながらの検査です。土・日曜で予定されていたので、土曜の夜は診療所の官舎に泊めて貰いました。今回の検診の対象者は1130名で、胃癌は5名発見され、うち3名は早期胃癌との結果でした。耐性ピロリ菌の検査も行われました。

また2021年春からは、HIGANによる日本とブータンを繋ぐリモート会議や症例検討会も始まり、定期的な交流が再開されました。内視鏡医だけではなく、病理医の参加も始まり、きれいな顕微鏡写真を見ることができるようになりました。最初の頃、顕微鏡写真を撮るのに、スマホを接眼レンズにくっつけて撮影したことが夢のようです。

日本に帰国後、私もHIGANの一員に加えていただきました。皆様宜しく御願い申し上げます。(次号に続く)


写真上段左:ダワカ村診療所の前では寒い中大勢の人が呼気試験に来てくれました。 

写真上段中;呼気試験の受付です。

写真上段右;診療所の壁ではドラえもんが頑張っています。

写真下段左:診療所の部屋を借りて内視鏡室を作りました。

写真下段中:前処置の準備です。左手奥のオレンジ色の服の人(上段左の写真中央)はデ・スープと呼ばれ、王様直属の団体で、行政の手が回らないことを手伝ってくれます。コロナ禍では、予防・ワクチン接種などで大活躍しています。ダワカ村検診でも約10名のデ・スープが設営や誘導などを手伝ってくれました。

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