June 14, 2017

押味和夫先生の E mailインタビュー、今回は先生の2度目の渡米について伺います。悔しい思いで後にした米国に、再渡米することになったお話を伺います。

Q: 先生は順天堂大学を定年を迎える前に退職されていますが、その後はどう活動されたのでしょうか?

私は体調を崩したため、2008年に63歳で順天堂を退職しました。ボストン郊外にあるエーザイの研究所に雇っていただき、抗がん剤の開発に従事しながら、Dana-Farber Cancer Instituteの外来に通いました。幸い進行は遅く日本で使える薬も増えたため、3年半で帰国しました。

今回の...

June 9, 2017

押味和夫先生 E mailインタビュー、今回は先生達が日本から世界に発信することになったリンパ腫の治療法について伺います。

Q: 和気藹々となった順天堂大学血液内科でのお仕事はいかがだったでしょうか?

 順天堂の血液内科は、多くの若手が入局してくれたお蔭で徐々に充実しました。また悪性リンパ腫の病理は、月に2回、東大医科研の森 茂郎教授に直接ご指導いただいたお蔭で、リンパ腫への理解が一段と深まりました。

そして、ライフワークとなったNK腫瘍の研究は、新しい治療法の開発という意外な方向へ発展しました。製薬会社キリンにいた友人、下坂皓洋君にお願...

May 21, 2017

押味先生の米国留学時代からのお話の続きです。

Q: 現地になれた2年目は、順調に過ごされましたか?

2年目は、この物騒な町を逃げ出し、ケンタッキー州のルイビルへ引っ越しました。University of Louisville, School of Medicine です。ケンタッキーの言葉は東海岸とは違うので、また言葉が分からなくなって慣れるのにしばらくかかりました。2年目はレジデントですからインターンを教えないといけませんし、学生も付きます。今から思いますと、よくもまあクビにならずに済んだものです。信じられません。

あるとき学生と、教科...

December 11, 2016

新米の医師だった頃、早く一人前の医者になる為に役に立った事の一つは、現代では非効率的と言われるかもしれませんが、病棟にいる事だったように思います。普通の会社と違って病院は夜でも入院患者さんはいて、急に体調が悪化することがあります。その際には、そこに居れば少なくとも事態の解決方法を見て学ぶ事が出来たし人手も少ないので手伝わせてもらえます。医師の仕事は結構職人っぽいところがあると私は思っているので、ちょっとしたことでもこの人はこんな風に工夫するのかと見るのは勉強になり、また自分の目で実際に見て触れたことは概して忘れにくいものです。最近夜...

July 8, 2016

この活動を思いついたきっかけはやはり自分の仕事、医者という職業からなので、まずはその医者になりたてだった昔の日のことを少し。

私が医者になった頃

それは随分前のことになってしまいましたが、今でも研修医を始めた時のことは鮮やかに思いだします。大学病院の消化器内科に入局し、注射の仕方から胃チューブの入れ方まで、自分達でお互いに恐々試してみてました。鼻から入れた胃のチューブ、キシロカインたっぷりでも痛かったなあ〜。。。

私の性格なのか、本を読んで得た知識より、実践で獲得した知識や経験は頭の中にしっかりと定着する傾向にありました。初めての一人暮ら...

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